2019年9月5日木曜日

新聞コラム(その7)

門出の日に

ある日、新聞の折り込みチラシをめくっていたら、「卒業式に向けての協力願い」とする文書が挟み込まれていた。卒業式当日には校内への花束・プレゼントなどの持ち込みを遠慮してほしいという内容で、文書を出したのは地域の中学校である。

贈り物をもらえる人とそうでない人との間に不平等感が出るのを心配しているとのこと、ほかにも「改造制服」や「小麦粉かけ」「自転車暴走」といった記述もあって、学校側の苦労がしのばれる。

わたしは受験戦争・就職氷河期といわれる世代にあたる。県内の小さな町でのんびりと生まれ育ったので、厳しい受験そして就職戦線とも無縁のつもりでいたけれど、それでもずっと小さな不安を抱えて過ごしていた。

学年が上がっていくことは、すなわち「受験」や「進学」、「就職」に向けて一歩ずつ進んでいくこと。人に評価されるのも試験を受けるのも苦手だし、新しい環境にもなかなかなじめない性分なので、いまだに春になるとそわそわとした不安を覚えてしまう。

そんな自分だから、小麦粉かけはいただけないとは思うけれど、新しい門出において晴れがましさを堂々と発露している当の子どもたちが、どんな気持ちでいるのかは聞いてみたい気がする。

2年ほど前に『内地の歩き方』(吉戸三貴著、ボーダーインク)という本を編集した。「沖縄から県外に行くあなたが知っておきたい23のオキテ」というサブタイトルの通り、進学や就職のために旅立つ若い人へ向けて、新生活のノウハウを盛り込んだガイドブックである。

よく雑誌などでも新生活に向けたキャンペーン記事は見かけるが、この本は「沖縄から」というのがポイントだ。

「うちなータイム」などに代表される沖縄のゆるやかさと、県外のテキパキした人とのギャップ、口ベタな沖縄の若者に向けての雑談テクニックなども盛り込まれている。ガイド本の体裁を取っているけれど、沖縄と本土との異文化論としても面白く読めるのではないだろうか。

似たようなタイトルのトラベルガイド本もあるように、沖縄から本土に出るのには、まさに世界に行くほどの勇気が必要という若者もいる。若い人にとって新しい世界が心から楽しいと思える、その支えになるように作ったつもりだ。

教室から次の教室へ、ときには学校の外へ、沖縄の外へ、社会へと。わたし自身、次の環境に移っていく不安というものは何十年たっても忘れがたい。大人になってしまえばかわいい悩みなのかもしれないが、まさに今、その不安が頭をおおいつくしている人もいるだろう。

いまの子どもたちや若者にとって学校や社会が良いものだと、胸を張って言えるような時代ではなくなって、ネットでもリアルでも危機感をあおる言葉ばかりが目につくようになった。「厳しい時代に、自分の力で未来を切り開いて」なんて、簡単に言うこともできない。

それでも私は1人の大人として、そして自分自身も不安を抱えていた「元・子ども」として、門出の日には大きな希望を感じてほしい。

今日もまた、旅立ちを迎えるたくさんの子どもや若者たちがいる。進路や就職がどうであろうと、目の前には数多くの道がひらけている。その事実はとてもまぶしいものだ。

楽しい人生になることを心から願っている。

 (2019年3月9日沖縄タイムス3面)

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